人生に、
意味があることってどんなことだと思う?



就職すること?
結婚すること?
それとも
生きていることそのものだったりする?




うーん。
私的に思うけど、別に意味があるものって人それぞれ違うものなのよ。
例えば働きたくない人は働かないことはできないでしょ?
例えば、
ずーっと子供でいたいって言っても子供のままで生きられる人っていないでしょ?
こういう問題なのよ。
わがままをわがままでいていいはずもないって言われるの。
だから、
人それぞれで自分で意味を決めておかないと、
どうやっても解決しない物事って、あるような気がするの。
人と接するときに、
自分のことをわかってもらおうとするべきではない。



相手がそもそも貴方のことを好きかどうかは相手が決めることなのだ。
金は天下の回りもの。


天下に回らなくてはいけないものではないが、絶対的じゃないゆえに、
効果は絶大だ。



それくらいに、
金とは危険だ。
これだけでいい。




生きるのにこれだけでいいと思うようなことがあるだろうか?


例えば無人島に流れ着いたらというと、
人それぞれで必需品がちがうというけど、
必需品にさえもある程度の許容条件がある。




簡単に言うと、
何もない世界に持っていけるものは、命と体しかないものだ。
作業には、
一ミリのムダも許さない。



時間の無駄だし人生の無駄だ。
謎謎謎。




謎だらけ。

まったく意味がわからないことがあったりするのが世の中だ。





人の世界には、
そんな謎がいっぱいある。
そんな謎を数多く人生で見ていきたいものだ。
社会には、ルールというものがある。

そのルールを守れないと、
人間は生きていけない。





人間というものは共存なのだから、
そのルールは護りたいものだ。
一人称をボクということ。




もし、
それが俺であっても、さして世界は変わらないだろう。



そして、この世界が人が人をどう呼ぼうとも変わることはない。


問題は、
その人がその人をどう扱うかである。
言葉は交渉手段である。
そして、
相手をどうするかは、
決断することである。
季節はよく流れるが、
その季節っていうのは、
流れているだけじゃない。




毎回訪れる季節には、必ず変化があり必ず毎回違った景色を写す。





それが、
四季のある日本という国だ。
人生に特別なんてない。


すべてが必然で、
誰かの何かが原因となってその自体が起こっているはずだ。




なにかが違えば、
その環境にいる何かが特別強い影響があったのだろう。
カッコつけるな。



そんなに立派な人間じゃないだろう。

そう思えば思うほど、
強さを誇ることがいかに困難か思い知らされる。



だからこそ、
カッコつけるのは本当に強くなってからだ。
人間には遺伝子にさえ決められた限界がある。

別にそれ以上いけないわけではないが、
通常の人間の生き方では限界が有るようだ。


今では無限に生きる理論も確立されているらしい。
それくらいに、
人間は限界を超えるかどうかに興味が有るのだ。
命というのは儚いものだ。

生きている間はいいが、いなくなったら寂しくなる。
それをブログに綴ることが、
命の証明になるのなら、いくらでも新しい文化にしていこうじゃないか。