常に時代は移り変わる。


新しい時代には新しい現象、機器、道具がある。





その新しい時代には新しい人間がおり、
その時代のリーダーになる。
そして、
それが現代でもあるのだ。
カッコつけるな。



そんなに立派な人間じゃないだろう。

そう思えば思うほど、
強さを誇ることがいかに困難か思い知らされる。



だからこそ、
カッコつけるのは本当に強くなってからだ。
時には思いっきし遊ぶ。




遊びは楽しいものだ。
誰かと遊んだり、
誰かと旅行に行ったり一人で旅行へ行ったり。





遊びとは、
楽しむものだ。
その癒やしがないと、人間生きてはいけないのだ。
世の中には、
手に入るものと手にはいらないものがある。

それは愛であれ友情であれ手にはいらないものは手にはいらない。

だから絶対的な友情はないし信頼もない。


人というのは、
生きている間常に罪深いのだ。
世界各地を回る。

それは新しい出会いがあるかもしれないし、
新しい苦労があるかもしれない。


でもそれが自分の知見を広げるのにはすごく有効なことだ。
新しい世界で人は何を見るのか?
労働とは大切だ。



人間は労働できなければ生きていけないしお金をもらえない時点で生活ができない。


その労働に成果を求めることは非常に重要だ。
労働には成果が必要だ。
その日どのくらい仕事ができたのが、自分で確認しておこう。
私が私である根源は何か。



私が私として生きているからか?
私が誰かに私として理解してもらっているからか?


いや、
違う。



私がまだ生きているからだ。
失敗しても凹んでも、
また立ち上がって成功するといい。


でもね、
ただ成功しただけであれば、
失敗の恐怖も知らないし、絶対に人生は何かしら失敗するから、
立ち上がるのに苦労する。





失敗も立ち上がる強ささえあればまた立ち上がれる。
そうやって、
成功者は前に進んでいるんだ。
己の力だけで、
他人に頼らずそれで食っていける技術を持つものを、
プロという。




人とはなにかしら真似出来てそれをすれば強くなれると思うのだけど、
それは大きな間違いなのだ。
圧倒的に強くても、
圧倒的に勝てることはない。


圧倒的というのは、それくらいに不完全なものだ。




すぐにその力には対策が打たれるし、その力を使わせない方法を仕込まれるだろう。

それくらいに、
強くなっても休まることはないものだ。
ゴミを分別するように、
仕事とプライベートも分別しておくように使用。



シゴトもプライベートもどちらも大事だが、
分けておくことで唯一の時間の制御ができるとしたら、何倍も差がつく行為になるだろう。
集めたい。

これが欲しくてたまらない。





人にはそういう欲求と衝動がある。



人は何かを欲するし、
予想外なことに対して反応する時がある。
人は、
そういうものなのだ。