えるものブログ・THE PERFECT

えるもの新しいブログだ。 さて、 始めようか。


「もうあれだ。本当に限界だ。」
(続きを読む)

「動画撮り苦戦。」
(続きを読む)

「久しぶりの更新じゃないの?」
(続きを読む)

「眠くてしょうがないの。」
(続きを読む)

「久しぶりの更新じゃない?」
(続きを読む)

「なんちゅー暑さなの。」
(続きを読む)

「さて。月曜日だ。」
(続きを読む)

「寝るか。」
(続きを読む)

「夏バテってのもあったのか?」
(続きを読む)

「そういや体調悪くて記事書いてなかったんだな。」
(続きを読む)

「えるもが通販で買うもの。」
(続きを読む)

「今日めっちゃブログ書いてるな笑」
(続きを読む)

「やたら足が痒い。」
(続きを読む)

「仕事は出来る方とよく言われます。」
(続きを読む)

「大体マジックは見抜ける派です。」
(続きを読む)

「大体最近は夜9時には寝るの。」
(続きを読む)

「なんか、めっちゃ夜なのに暑い。」
(続きを読む)

「スポーツドリンク、暑いと必要。」
(続きを読む)

「なんか今日暑い。」
(続きを読む)

「そう思えばブランド品って買わないな。」
(続きを読む)

「思うけど。」
(続きを読む)

「えるも、もう眠い。」
(続きを読む)

「疲れた時、寝るといい。」
(続きを読む)

「えるも流、ストレスの抜き方。」
(続きを読む)

「デトックスってしてる?」
(続きを読む)


労働とは大切だ。



人間は労働できなければ生きていけないしお金をもらえない時点で生活ができない。


その労働に成果を求めることは非常に重要だ。
労働には成果が必要だ。
その日どのくらい仕事ができたのが、自分で確認しておこう。


必要以外の者は最低限度にしたい。


最低限度のほうが動くと気楽だし、
さしてストレスなく過ごせるからだ。


世ではミニマリストと言われる人が増えている。
私はどっちかというと、
人生をミニマムにしていっている人だ。
絶対的規律があっても、
其の規律を守り講師する側が問題ではいけない。




その生き方人生にも、
それを構成する物質あり。




そして、
其の人生にも、他の人生あり。
物事には、
簡潔に告げなければいけないような物事がある。



たった一瞬の迷いでも意味がなく、
その人に大変なことがあったときとか、誰かが何かしらの状態でまずかったりとか、
そういう状況がある。




人に対しての回答方法は、時と場合なのだ。
欲しいものを買うとき、
ちょっと我慢できそうならば迷うべきだ。


あと、
友達とショップングへ行っても気分で余計なものを買ってしまわないようにするべきだ。





それくらいに、
人とはお金に甘いモノだ。
好きなものも、いらなければ買っただけで終わってしまうのだ。
夢なんて持つべきではない。




というよりも、
私的には夢を持つのはいいがその夢を叶えようとする努力の必要があるのかということだ。
夢というのは努力せずして手に入れることはできない。



それと同じように、
どんな物事も成功するには努力しなければならない。
私もそうやって努力してきた。
人を信じるならば。
とことんまで相手を信じ抜くべきだろう?

そのためには自分を信じてもらわなければならないし、自分を切り捨ててもいいとさえも言わなければいけないことなのかもしれない。
人は人に信じてもらおうと努力する。


それは人が自分のことを信用して欲しいのだから、永遠に変わらないことなのだろう。
常に最新であれ。




仕事も情報もプライベートも、常に新しくあれば、
人は新鮮さを保てるのだ。
自分の中にある殻というのは、
打ち破れないと外に出られないものだ。


常に常にその殻が卵の薄皮のようにあり、それを破っていく度、
新しい自分に出会える。




人は常に一定の場所にいたいと思うしそれ以上を求めない。
だが、
その限界を超える気持ちを持っていたなら、
常に強い人間になっていけるだろう。
興味がある相手と興味が無い相手がいる。

それがどういう相手だろうと興味があるなら相手をするが、
興味が無いなら相手はできないだろう。
それが相手と交えるということだ。


拳で交える時も仕事で協力して交える時も、
相手が相手してくれないと意味が無いのだ。
何でも、
新しいことっていうのは新鮮味があっていい。


新しい生活、
新しい家、
新しい人間関係。




どんなこともポジティブに変わる。
そんなものでいいんじゃないだろうか?
別に急いで歩いているわけでもないのだし、次の暮らしに目を向ければ、それでいいのじゃないだろうか。
遊んでいる人は自由でしょ?

それはそうよ。
仕事では頑張らないといけないもの。




遊んで暮らせるといいけども、
ハメ外している時点で幸せがまだつかめないって思うもの。
常に遊んでいられるのならば、何がしたいですか?
遊ぶことが仕事だったら、楽しいですか?

答えは、
「遊ぶことが仕事になったらストレスがないなんてことはないし、
逆に、仕事が楽しみだったらいつでも毎日幸せでしかないはず。」
ってことです。
人が楽するのは当然なのだ。


人は人生をサボりたいものだし、
どうしても怠惰に生きることが性分になってしまう。





でも人はそれでも
変わろうとする。
それがまた、いいのだ。


相手になにか言われることがあって、

相手に遠慮する必要はない。
なにせそれはあっているのだから相手は言うのだ。



だからこそ相手は絶対的に調子ののってもたいしてなんとも言えない。
まさに、
完全勝利だ。
生きることに誠実であれば、
必ず未来はある。



卑怯なことに未来はない。
だが、
それだからこそ世界は安定しているのだ。
なんでも知っている人間のことを博識と言うが、
なんでも知っているからと言って人と話せるのではない。



その知識によって、
人と話せる幅が広がるのだ。
知識とは、すべての人間の動作で必要不可欠な車で言えばガソリンのようなものなのだ。
物事に何でもかんでもカテゴライズする必要なんてないのだ。




その物事を常に意識して常に向上していくことが重要なのだ。
例えばそのカテゴリーが組み合わさってできたりするものもあるし、ある種そのカテゴリーのおかげで出来るものもある。




例えば人も、
そういう意味では自由なのだ。
集めたい。

これが欲しくてたまらない。





人にはそういう欲求と衝動がある。



人は何かを欲するし、
予想外なことに対して反応する時がある。
人は、
そういうものなのだ。
金は天下の回りもの。


天下に回らなくてはいけないものではないが、絶対的じゃないゆえに、
効果は絶大だ。



それくらいに、
金とは危険だ。
どんなことにも成果を求めよう。


どんなことにも成果を求め、
失敗はフィードバックしよう。



勝てることが勝利ならば、
そのために努力しよう。
どんな努力も、その成果の積み上げにより達成されるのだ。


どんなときでもハキハキと。


声は自分の心も他人の心も揺れ動かす。
その強い気持ちが、
さらに体を動かすのだ。
なんにせよ、
達人とか名人的なものは多いが、
私の場合、
「文章の達人」といったほうがいいのかもしれない。




いや、
「文章で生きる達人」
といったほうがいいのか。



文章で飯を食っているし、
文章で商売をしている。


まるで小説家やエッセイストみたいなものだが、
私の場合は、
「ブロガー」だ。
どんな仕事でも物事でも、
効果が抜群に発することがままある。



その効果の原因を探ることは困難かもしれないが、そういうのが人の運であることは間違いないのだろう。





そのラッキーパンチを、
自分のものにした人間がいたら、絶対に誰よりも強いと思わないか?
使えるものは何でも使う。
だが、
使えないのならば迷わず捨てる。

それくらいに人というのはシンプルになれる。

シンプルになれないのならば、
それはまだ二流なのだ。
物事の意味を知るか知らないでもいいのか。

戦いに慣れてない場合でもなんであっても、
物事の意味は結果に挿して影響はない。
無知だからこそ勝つこともあるのだから。